老舗町中華「福しん」がこっそり進めるDX戦略の全貌
東京都豊島区に本店を置き、都内及び埼玉県内、北関東に29店舗で年商28.5億円の町中華チェーンを展開する「福しん」。1964年11月の創業で60年を超える歴史を持ちながら、同社は今、飲食業界の中でも「DX成功企業」として注目されています。2020年には、埼玉県毛呂山町にセントラルキッチン工場を設置しました。
店に入れば、そこには変わらぬ飲食店の風景がある。カウンター越しに中華鍋を振る店長、手際よく動くスタッフ、そして日常の延長にある温かい接客。ところがその裏側ではPOSシステムとともに、POS・仕入れ・勤怠・天候データなどを自動集計・可視化し、経営判断を迅速化するBI(ビジネスインテリジェンス)、パソコン上の定型業務(予約入力、売上集計、発注など)をソフトウェアロボットで自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、さらにクラウドサービスやAIなどが密接に連携し、飲食店のオペレーションを支えています。
この「オモテは町中華、ウラは最先端テクノロジー」という構造をつくり上げたのが、2代目社長の高橋順社長です。
■DXの目的は、顧客体験と現場双方の「質の向上」
高橋社長は1973年1月生まれで1993年3月に簿記系専門学校を卒業後、建設関係の会社に入社し、2000年7月に(株)福しんに入社。2016年4月より現職に就いたパソコン歴40年の異色の飲食チェーンオーナーです。
まずDXに取り組み始めたきっかけについて、高橋社長は一般的な考え方をはっきりと否定しました。
「例えばタブレットオーダー導入などのDX化の目的を、人やコストを削減するため、また採用できないから入れるということを大前提に置いてしまうと、うまくいきません。何をより正確に、かつ効率化するか。この目的をより明確に見極めて判断することが大切です」
この一言は、福しんのDXの本質を象徴しています。
多くの飲食店ではこれまで、DXは人件費削減の手段として、また人手不足解消の手段として導入されてきました。ところが福しんでは、その考え方を導入当初から否定していたのです。
「ウチでは、タブレットオーダーは、注文ミスなどのクレームを減らすことと、顧客回転率を上げることを目的に導入しています」
自店が抱えている課題を見極め、ストレートにアプローチし、DXに対応する。それはDXの目的がコスト削減への対応ではなく、顧客体験と現場双方の「質の向上」にあったことを意味しています。さらに高橋社長は、DX導入の判断基準についてこう語ります。
「お客さま・従業員・会社の3つが良くならなければいけない。モバイルオーダーであれば、お客さまは順番を待たずに済み、従業員は注文ミスなどの負担を減らして接客に注力でき、会社として効率経営が実現する。これが導入の判断基準として重要です。
お客さまだけ、従業員だけ、会社だけが潤っても意味がない。いわゆる近江商人の「三方よし」の精神です。この基準が、すべてのフードテック導入の意思決定においても軸になっています。
■福しんのDXの全体像
福しんは、いわゆる飲食店の現場、オモテでは普通の町中華、しかもそれをできるだけ低価格で提供する飲食チェーンですが、次のように15種類以上のクラウドサービスを導入しています。
なぜ、このように多様なサービスを入れているのかと首を傾げたくもなりますが、高橋社長はこう語ります。
「たくさんのサービスを入れること自体に大きな意味はありません。まず、どういうサービスがお客さまやスタッフにとって使いやすいかを考え、数店舗で“試し”にやってみて現場従業員の評価も良ければ導入する。経営として重要なのは、それらをどうつなぐか、です」
一つひとつのクラウドサービスはそれほど高価なものではありません。それだけに導入しやすいともいえます。ただし大事なのは、「便利だから導入する」「これでよけいに人を雇わなくてもすむ」と安易に考えるのではなく、「どう活かすのか」の部分に知恵を絞ることだと高橋社長は語ります。
■RPAが支える「見えないDX」
福しんのDXの核心は、RPAによる業務自動化にあります。RPAとは前述のように、PC上のルーチンワーク(データ入力、集計、転記など)をソフトウェアロボットが自動化する技術です。その技術を省力化のためではなく、経営の高度化のために活かすのです。
「CSVで出してきたデータを並び替えて、加工して、Excelに貼り付ける。これをRPAで自動化できますが、大事なのはその先です」
まず、POSデータ、売上、日報、SNS、顧客アンケートなどのあらゆる情報がRPAにより自動的に集約されます。このしくみ自体は構築できます。この段階で重要なのは、「従業員の負担にならないようにすることです」と高橋社長は語ります。
特徴的なしくみの例として高橋社長が挙げたのが日報です。
「店の閉店時に手書きで書くことに慣れている店長もいます。それはそれでかまわない。ただ、それをFAXすると、“裏側”では自動でPDFになって、本部のDropboxに入るようになっています。もちろん、FAXすると本部では自動で印刷されるので、普通のFAXと同じに見えます。本部としても、そのほうが店の状況を手にとるようにわかります。しかし、その裏側で情報はデジタル化され、それが日々、積み上がっていくのです」
いわば飲食店では慣習となっているアナログ文化を無理・極端に変えることはせず、裏側でどんどんデジタル化していく。この柔軟な発想が、現場に受け入れられる理由です。
■タブレットオーダーがもたらした“本当の価値”
福しんのタブレットオーダーの経緯をより詳しく見ていきましょう。2022年から、と導入は少し遅めでしたが、前述のように試しにやってみて、うまくいき、段階的に全店へ展開しました。その効果はまず、注文間違いがなくなることですが、お客さまが操作に迷えば、店員に確認します。それが新たな顧客との接点になります。
しかし高橋社長が強調するのは、もう一つの効果でした。
「注文の完了速度が速い。“デジタル慣れ”はお客さまのほうが一歩も二歩も進んでいました」
通常、デジタル注文に対して不慣れなお客さまは、注文の完了が遅くなると思われがちですが、福しんでは逆だったのです。お客さまのほうがデジタル慣れしていたので、やり方がわかればすぐに注文が入り、デジタル注文が面倒と思っているお客さまは、もともと注文が早いのです。
「複数の店舗で入店から注文終了までの時間を測って、短くなったことがはっきりしたので全店で導入しました」
デジタル注文により、顧客体験もずいぶん変わりました。「自分のタイミングで注文できる」「悩んでもいい」と顧客が感じるようになり、それでも、注文の完了速度が速い。つまり、お客さまもスタッフも、注文の待ち時間によるストレスがなくなったのです。
その結果、クレームが減り、回転率が上がり、スタッフも楽になる、という好循環・理想的な注文状態が実現しました。
■現場に寄り添うAI発注
DXの中でも特に高度なのがAIによる自動発注で、福しんでは「これから」という状況です。たとえば売上データを取得して、レシピから食材の減りを計算して、AIが予測して発注する。曜日とか天気とかも含めて判断する。このあたりのことはすぐにできそうです。
しかし、ここで重要な発言がありました。
「精度は高いけど、あまり精度を追っていません」
という発言です。「個々の店舗の運営については、“人間が調整していいよ”という前提で使いこなすことを考えています」と髙橋社長が語るように、飲食店としては、発注から仕入れ、売上の計上まで完全自動ではなく“人を補助するAI”の導入を進めるということ。この設計により、現場は安心してA Iを使うことができます。
データ活用が日常化している福しん。「iPadを見ながら経営のことを考えるのが、あたり前になった」と高橋社長が語るように、売上、原価、商品分析、口コミ――あらゆる情報がデジタルで可視化され、加工しやすい状態になっています。
「理論原価と実原価の差も日々わかるので、ピンポイントでの打ち手も即座に取り込めます」
こうしたデータ加工により、ロス・異常・問題点が即座に把握でき、対応が可能です。まさに福しんは“裏方はデータで動く飲食店”なのです。
■「何をデジタル化しないか」という決断と“人の戦略”
福しんのDXで最も印象的なのは、「何をデジタル化しないかを決めたほうがいい」という考え方です。すべてをデジタル化するのではなく、残すべきものを明確にする。「中華鍋を振る料理はデジタル化・ロボット化しない」一方で、「注文はデジタル化したほうが格段に良い」。飲食店ではこの明快な線引きにより、ブランド価値を守り、効率を最大化するという両立が可能になっているのです。
福しんのDXが成功している理由は、技術オリエンテッドなことだけではありません。スタッフや店長など人が介在する導入プロセスも極めて戦略的です。
「最初はできる店長を3人選ぶ。彼ら一人ひとりに使い方に慣れてもらいマニュアル化してもらう」
「最初に10店舗に試験導入して、見極めた上で全店導入する」
といったプロセスはもちろん、「無理に使わせない。使うと楽になると感じてもらう」というメンタル面も重視しています。強制ではなく、“体験”で浸透させることで、現場の抵抗をなくすことができるのです。
高橋社長は、DXの本質をこう語ります。
「DXにより仕事を減らすのは、人を減らすためではありません。お客さまのことを考え、店長やスタッフがお客さまに使える時間を増やすためです」
つまり、無駄を削り、本質に集中することがDXの本質であり役割です。
未来のフードテックと人間の役割について高橋社長は、「AIでお客さまに合ったメニューを表示できるようになり、動画も自動でつくれるようになるかもしれません。しかし新しいものをつくるのは人間にしかできないこと」と語ります。テクノロジーが進化しても、人の価値は変わらないことを未来のフードテックの中で体現していきたいと考えています。
表は昔ながらの町中華で、裏は最先端テクノロジーを駆使する福しんのDXは、一見すると矛盾しているようにも見えますが、その本質は明快です。オモテを変えない自信を築くために裏側を磨き、変え続ける。顧客が求める価値を守るために、見えない部分を徹底的に改革するのです。その結果として、福しんは“優れた飲食店”へと進化したといえるでしょう。
インタビュアー:株式会社スリーウェルマネジメント 三ツ井創太郎
ライター:菱田秀則